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遥飛蓮助の一次創作ブログ
2016/08/18/Thu
「よかった。もう来ないかと思ってました」
 夢原さんが優しく微笑んだ瞬間、僕は気恥ずかしさで顔を背けてしまった。
 あれから数日。テストのおかげで早く帰宅することができた僕は、服を着替えて夢原さんの元を訪れた。
 思い出してみると、彼女は僕の質問に答え、本題に入ろうとしていたのだ。それを僕が感情的にまくし立て、勝手に帰ってしまい、場を台無しにした。
 お詫びを言うのは僕の方だと反省したものの、あの人がかけた僕への疑いが晴れるまで待つ必要があった。
 学校から帰って自分の部屋で勉強し、夕方にあの人が帰ってきたら家政婦さんが作った夕食を一緒に食べ、部屋に戻って勉強の続きをして寝る。
 機会を窺いながら、どうやって彼女に謝るかを考えながら、一瞬の非日常を日常で埋めていく。
 長期戦を覚悟していたが、まさかあの人が機会をくれるとは思っていなかったが。
 昨晩のことだった。謝罪の気持ちとして持って行く菓子折のことまで考え始めた時、あの人が、僕の部屋のドアをノックした。
『父さん、明日は帰りが遅くなるから。食事は先に済ませてくれ』
 あの人がドア越しに伝えてきたので、僕もドア越しに「分かりました」と返すと、例の微妙な空気を残して、父の気配が足音と共に遠ざかっていった。
(父さん……)
 いつから、僕はあの人のことを『父さん』と呼ばなくなったのだろう。あの人が母さんと離婚した後も言っていた気がするけど、なぜかその前後の記憶がない。
(僕の大事なものも、いつなくしたのか、どんなものだったのか思い出せないし)
 今まで疑問に思わなかったのが不思議なくらい、僕の記憶は欠如していた。どの時期の、どの部分の記憶かも朧気なんて。まるで自分の体から意識だけが抜け出して、別の人間の体に入っているような。
 薄ら寒い想像と「タカトシくん」と呼ぶ声が重なる。反射的に顔を上げると、夢原さんが僕の目の前で両手を叩いた。
「うわ!」
「なにが『うわ!』ですか。ちゃんと話聞いてました?」

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