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遥飛蓮助の一次創作ブログ
2016/09/02/Fri
「ありがとうございます。夢原さんって、アリスみたいですよね。未知の世界に迷い込んでも、自分のペースを崩さないところとか」
『そうですか? では猫を飼わねばなりませんね』
「猫?」
『作品の冒頭に出てくるアリスの猫です。冒頭に出てくるといえば、タカトシくんは白ウサギですね。最初にウチに来た時、時間ばかり気にして、大事なものを蔑ろにして』
「え、気付いてたんですか?」
『私はあなたより多くの人に出会っていますからね。だから意地悪したんです。タカトシくんが大事なものに目がいくように』
「え~?」
『んふふふふ』
「あの……僕、夢原さんにずっと謝りたいことがあるんですけど」
『はい』
「偽名使ってごめんなさい」
『ちゃんと反省していますか?』
「父にこってり絞られました」
『じゃあ私も許します。これからは自分に責任を持って行動してくださいね。タカトシ・ケンジくん』
「分かりました。ありがとうございます。本当に、いろいろと」
『私はただマップを作っただけですよー』
「あ。あの、なんで夢原さんは名乗る時、自分の名前に『またの名を』って付けるんですか?」
『「夢原涙子」は名前じゃなくて、屋号というか、通称みたいなものなんで。あ、年齢はシークレットですからね?』
「あはは。分かりました」
『ふふ。それじゃあ、また』

「ケンジさん! お時間は大丈夫ですか!」
 電話が終わるのと同時に、家政婦さんの声が飛んできた。僕は携帯で時間を確認しながら部屋を出た。
「うん、だいじょう――」
 階段を降りると、これから出勤する父さんと、折りたたみ傘を持った家政婦さんと鉢合わせた。「おはようございます」と明るく挨拶する家政婦さんとは反対に、父さんは何も言わずに、僕をじっと見つめている。
「今日は夕方から雨が降るそうですから、念のため、折りたたみ傘を持っていってくださいね」
「あ、うん」
 傘を受け取ると、家政婦さんは目尻の皺をくしゃっとさせて笑った。父さんは僕と家政婦さんとのやりとりを見届けたように、玄関先で靴を履き始めた。
「と、父さんっ」
 僕は口に溜まった唾液を飲み、父さんを呼び止めた。
「父さん、いってらっしゃい!」
「――いってきます」
 父さんは振り返ってくれなかったものの、しっかり返事をした後、玄関を出ていった。
 夢原さんの件以来、僕は父さんの前で緊張することが少なくなった。父さんは僕が思っていた『怖い人』とは真逆の『不器用な人』で、僕から歩み寄れば、しっかり応えてくれると分かったからだ。
 一緒に父さんを見送った家政婦さんは、僕に「ホント。いじらしい方ですね」と言って笑った。
「え?」
「旦那様ですよ。あんなに努めて、ケンジさんに接しようとして。今の旦那様を見たら、いくら勝ち気な奥様でも飛んで帰ってくるかもしれませんね」
「えっと、僕と無理に接してるってこと?」
「いやですねぇ。そうじゃなくて……ふふっ」
 家政婦さんは口元を抑えると、キッチンへ戻っていってしまった。『いじらしい』という意味自体は分かるが、それで家政婦さんが笑って、母さんが飛んで帰ってくる意味が分からなかった。
 ピンときていない顔でキッチンにやってきた僕に、家政婦さんは「ケンジさんの鈍感さは奥様譲りですね」と言って、僕の朝食の準備を始めた。
(そういえば、夢原さんも電話の終わりに、家政婦さんと同じことを言っていたような……)

『ふふっ、タカトシくんてば鈍感ですね。女の子が十六歳で結婚できるって知らないなんて』


fin

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