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【第85回フリーワンライ】

(使用したお題:消しゴムじゃ消せない・6月のカレンダー・雪化粧の思い出)


6月のカレンダーに大きくバツ印。
裏面の12月は雪化粧の思い出。
飛ぶはずのない蝶が赤く染まってて、

違う、あれは紅葉。
雪のように降り積もる紅葉。
雪化粧した紅葉の下に、

違う、あれは

6月のカレンダーに大きくバツ印。
消しゴムじゃ消せないバツ印。
6月が奪った12月。


かえ し て

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【第60回フリーワンライ】

(使用したお題:新品だったのに・格子の向こう)
これの続きです)


 家庭科の授業で『格子』が格子柄の略だと知った時、なぜウチの女子はセーラー服を着ているのかと頭を抱えた。
(まぁ、それはウチの制服だからだけど)
 そもそも今の高校を受験したのは家から近くて偏差がほどほどだったからであって、けして俺がセーラー服フェチだからというわけではない。
 双眼鏡でパンチラを拝む趣味はあるけど、じいちゃんや親父ほどじゃないし、最近はパンチラよりも別のものに興味をそそられている。
 ものというか、人が。俺の目の前にいる奴が。

「──くん」
「え?」
 奴が俺の名前を呼んだ気がして、思わず間の抜けた声が出た。
 俺は確か、机に置き忘れた家庭科の教科書をロッカーに入れようとして、校門から引き返してきたんだ。そしたら奴が、放課後の教室にいて。
「あ、その、えと、なんでもない。悪い」
 何もしてない(奴をガン見して固まってた)けど取り敢えず謝り、とっとと自分の机から教科書を引っ張り出した。
(鳴海、だっけか。名前)
 ロッカーに教科書を投げ入れながら鳴海の様子を窺うと、奴はもう俺から興味がなくなったらしく、自分の机に座って夕日を眺めていた。
 俺にガン見されても謝られても、夕日を眺める顔も同じ。なんかつまんなそうだった。
(つまんないんだったら早く帰ればいいのに)
 俺は鳴海の秘密を見た。パンチラよりすごい秘密がきっかけで奴に興味を持ったけど、会話らしい会話なんかしたことがない。
 放っておいて帰ろう 一方的に馴れ馴れしくしてドン引かれでもしたらさすがにヘコむし、鳴海も本当につまらなくなったら帰るだろう。

 俺は鳴海に背中を向けて帰ろうとした。本当に、帰るつもりだった。
 悪いのは、俺にとりついた悪い虫。
「鳴海さ、言いにくいんだけど」
 鳴海に背中を向けたまま。
「スカート、パンツに巻き込まれてんぞ」

 椅子が倒れる音と一緒に振り返ると、成海が自分のスカートを翻していた。太ももが少し見える程度だけど、俺としては十分だと思った。
 けど、太ももに俺が見たいものはなかった。
 代わりに見たのは、焦る成海の顔と、淡い色の──家庭科の授業で見た気がするな。あの模様。
「……ありがと」
(ん?)
 もしかして本当にスカートがパンツに食い込んでたのか。
 怒られ覚悟で咄嗟にそらした顔を戻すと、成海は倒れた椅子を直して、机に座り直した。
 また、つまんなそうな顔で。

『よりこ』
 静かにしてダーリン。あなたの呼びかけに答えたくなるから。
「そ。じゃあ気を付けろよ」
 彼は私の素っ気なさに面食らい、無理やり自分を納得させるように教室からいなくなった。
『よりこ。あいつだな』
「ええ」
 スカート越しに太ももの秘密に触れる。瞼が持ち上がる感触がこそばゆい。
『どうする』
「……どうもしないわ」
 夕日の煌めきが目に痛い。立ち上がると、私の影が教室に伸びた。
「言ったでしょ。私は、あなたがいれば、それでいいの」
『ではなぜ怒る』
 なぜ。秘密は見られなかった。ダーリンの呼びかけには答えなかった。なにも問題はない。あるとすれば、
『よりこ?』
 私はスカートの下に手を伸ばすと、履いていたものを脱いだ。
 両手で引っ張るように翳すと、淡い色と模様が横に伸びる。この間買ったばかりで、ダーリンも昨日の晩、悦んでくれたもの。まさか、家庭科の授業で習うとは思わなかったけど。
「新品だったのにな」
 手の中で丸めると、教室の窓を開けて投げ捨てた。
『いいのか』
「ええ。新品だったけど、向こう側を見られた気がしたから」
 教室の窓を閉め、鞄を持って教室を出る。捨てたものに興味はない。彼も、こんな風に私への興味がなくなればいいんだけど。
「あなたも、使い古しの私より、新品の私がいいでしょ?」
『……使い古しなら、新品と見紛うくらいのものにしたいと思うが?』
「えっち」
 自分の口から笑い声が出た。彼に焦った顔を見せてしまったけど、ヤキモチ焼きのダーリンには効果てきめんだわ。

 ねぇダーリン。もっと私を愛して。もっと私をほしがって。
 そしたら、私、

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【第48回フリーワンライ】

(使用したお題:牛乳はあっためて下さい)
(ツイノベとして書いたらちょっといやかなりはみ出しました)


牛乳はあっためて下さいね。
彦星は織姫の約束通り、温めた牛乳を七月の夜空に流しました。
すると月や星屑や星座たちが、六月の雨で冷えた体を牛乳に沈めました。
冷えも疲れも、五月の憂鬱も溶けていくようだ。
頬を四月の桜に染めて、皆口々に言いました。
彦星は織姫を探しました。
彦星さん彦星さん。
織姫の声です。
織姫は温めた牛乳を挟んだ向こう岸にいました。
織姫の周りには三月の蛍が舞っています。
彦星は温めた牛乳を渡ると、織姫が両手で包むように一月の餅兎を持っていることに気づきました。
約束を守ってくださってありがとうございます。これはお礼です。
おお、これはなんと愛らしい。
彦星は顔を綻ばせました。
しかし、こんな愛らしいものを独り占めしたら罰が当たりそうだ。よければ一緒に食べませんか。
彦星の申し出に、織姫の頬も四月の桜色に染まりました。
周りを舞う三月の蛍も相成って、まるで二月の恋人のようです。
織姫と彦星は温めた牛乳に足を入れて座り、仲睦まじく餅兎を分け合いましたとさ。

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【第44回フリーワンライ】

(使用したお題:『なんでもない』・交じり合う)
(遅刻したけど今回は書ききったぞ!)


 頭が痺れる。呼吸ができない。熱い。爆ぜる。爆ぜる。爆ぜた。
 瞬間、女のくぐもった声。残念ながら首を絞めながらの趣味はない。だから残念なのは俺じゃなくて女の方。
 もう少し可愛く鳴けないのか。言いかけて首に女の両腕が回る。引き寄せられ、厚ぼったい唇が当たる。香水に汗の匂いが混じって気持ちが悪い。思わず顔をしかめる。女が笑う。
『どうしたの?』
『なんでもない』
 煙草が吸いたくなった。女の腕をほどくと、サイドテーブルに置いた財布から何枚か出して押しつけた。
『次の客からは、もう少しマシな演技しろよ』
 豚でもそんな鳴き方しねぇぞ。我ながら上手い事を言ったと思ったが、女はお気に召さなかったようだ。

 交じり合うには駆け引きとテクニックがいる。知らない奴は小僧と馬鹿にされ、蔑まれ、唾を顔に吹っかけられる。俺の場合は過去形だが。
 最初を思い出そうとすると、余分な唾液が煙草のフィルターを湿らせる。煙より先に唾を吐き捨てた。唾は血の色をしていた。あの女、なんて腕っ節だ。まだ熱っぽい頬を撫でた。
 唾。唾液。べっとりして気色悪いと思っていたそれを、甘く感じた事がある。最初の時だ。比喩でもなんでもなく。ましてや子供舌でもなんでもなく。いや、実際ガキだったけど。
 俺の唾液でベトベトになった煙草を踏み潰すと、パックを開けて中身を見た。さっきのが最後の一本だった。
 俺は大きく振りかぶり、握り潰したパックを投げた。隣の廃ビルの屋根に落ちる。程なくして、靄がかった視界に朝日が昇った。

 甘かったのは覚えているのに、髪が長かったのか短かったのか。つり目だったのか垂れ目だったのか。どんな声をしていたのかすら思い出せない。今だったら買える値段だったと思う。多分きっと。そんな女じゃなかったはず。男は過去を美化するのが得意だから。
 自分の口の中で舌を動かしても、歯の裏にこびりついた煙草の味しかしない。唾を飲み込んだ。胸がむかつく。
 交じり合うって感じじゃなかった。どちらかというと、貪ってた。自分の欲を飼い慣らせなかったから、どうしたってがっついちまう。どうしようもないガキだった。
 まさかそんな時に、あんな女に会うなんて。

 毒を流し込まれたのかと思った。とっさに女の舌を噛もうとして、未遂で終わった。毒でもなんでもない。ただの温い、砂糖水だった。
 甘い。甘い。甘い。頭が痺れる。呼吸ができない。熱い。熱い。熱い。死ぬ。死ぬ。死しにたい。
 ずっとこのままでいられるなら、死んでもいいと思った。そうせがんだのは女じゃなくて、俺の方だった。
『それはむりよ』
『だったら、いっそ、ころしてくれ』
 情けない声で懇願した。惨めに生きるより、死んでカラスの餌になった方がマシだと思っていたから。
『それもむりだわ』
『どうして』
 女は答えをくれなかった。それから、それっきりになった。

 硬貨と引き替えに煙草を買い、喫茶店で不味いナポリタンにありつく。金がないから仕方なく頼んでるんだと自分に言い聞かせると、口の中が腐ったトマトになった。
 堅いパスタを奥歯で噛む。頬の痛みが蘇って悶えた。ついでに殴ったヤツの顔も。
 でも、あの女の事は、あの女でないと、思い出せそうにないらしい。
『なんでもないことよ』
 煙草に火をつける。口の中に煙を溜め、煙草で作った隙間から吐き出す。
 なんでもないこと。それが分かったら、俺に被るガキの皮が剥けるんだろうか。
 いや、またあの女に会うまで、分からないふりをしていよう。あいつが教えてくれないと認めないし、知るもんか。我が儘はガキの特権だからな。

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【第41回フリーワンライ】

(使用したお題:桜の木の下で・三角の愛)
(久々のワンライも大遅刻ですorz)


私の好きな人は、私の幼馴染みが好きなホモでした。

「紺野」
 教室の外から、松田の声が飛んできた。私の名字だ。席から立ち上がり、切ったばかりのボブを手櫛で整えて、めんどくさそうな顔と声で応える。
「なに」
「高橋。どこいるか知ってる?」
 黒の短髪。茶髪が多い学校で、松田の頭は逆に目立つ。一重の目が、ワックスで髪を弄りすぎた男子共の中から、金に近い茶髪の高橋を探している。
「教室にいないの知っててあたしのこと呼んだんじゃないの?」
「まぁそうなんだけどさ。ほら、いたらめっけもんかなと」
「なにそれ」
 高橋は棚ぼたかよ。そうツッコミを入れて笑う松田にとって、高橋はある意味棚ぼたかもしれない。告白もしないで両想いになれるとでも思ってんのかこのホモは。ああ、ホモだから告白出来ないのか。残念残念。ばーかばーか。
「で、あいついるとこ知ってる?」
 人懐こそうな顔の松田と目が合う。私はできるだけ、つっけんどんに。
「知らない」
 そっぽ向いたら、慣れないボブが襟足を撫でた。気持ちが悪かった。

 桜の木の下に高橋がいる。春になると必ずあいつはそこにいて、寝っ転がって桜を見上げる。
「花さかジジイ。生きてるか?」
「あ、紺野か。びっくりした」
 そんな高橋の顔を覗き込むのは何度目だろう。高橋も慣れたもので、びっくりしたと言いながら、さも当たり前に応えた。目は桜を見つめていた。
「松田がお前のこと捜してた」
「そっか」
「行かなくていいのかよ」
「あいつからのメールないし。大事な用じゃねぇよ」
 馬鹿。松田はあんたが好きでたまんないから、用がなくても会いたくて捜してんだよ。それくらい察しろ。
「だからお前は馬鹿なんだよ」
「は? 意味分かんないし」
 高橋の非難を流して、私も隣に寝っ転がる。学校の、立ち入り禁止区域にあるのがもったいないくらい、満開だった。
「そっちはどうだったんだよ」
「なにが?」
 首だけ動かして高橋を見る。金に近い茶髪に桜の花びらがついていた。
「昨日俺、松田はボブ女子が好きだって教えたじゃん」
「で? まさかあんた、あたしがあんたの言ったこと鵜呑みにして、昨日美容院で切ってきたと思ってんの?」
 思わず鼻で笑った。そんなことあるわけないじゃん。たまたまだし。たまたま、急にロングに飽きただけだし。襟足に毛先がかかって気持ち悪いけど、切るって決めたの自分だし。偶然ですよ偶然。
「ばーか。ていうかキモい。死ね」
 言葉を高橋じゃなく、視界に滲む桜に投げつけた。どいつもこいつも馬鹿だ。ホモだからって高橋に告白しない松田の馬鹿。松田の好意に気づかない高橋の馬鹿。ホモの松田が高橋のこと好きなの知っても松田が好きで、知ってるからこそ告白しない私の馬鹿。
「紺野」
 みんなみんな、大馬鹿だ。
「なんで泣いてんの」
「ち、違うし、これ、心の、汗、だし……」
 両腕で顔を隠して、高橋にも桜にも溢れる涙を隠して、私は泣いていた。どうりで桜が見にくくなったわけだ。
「馬鹿みたいに泣いてるくせに」
「うっさい、馬鹿に、馬鹿って、言われたくない、わ!」
 隣から服のすれる音と、草の動く音が聞こえた。こいつ、ここぞとばかりに私の泣き顔見ようとしてるな。
「み、見んな、よ」
「見ないよ」
 このタイミングで言うことじゃないけど、そのままで聞いてほしいんだけど。高橋の声が上から聞こえる。私はそっと、顔から両腕をずらした。
「俺、お前のこと好きなんだけど」
 真剣な表情の高橋が、私に覆いかぶさるように、四つん這いになっていた。

 後のことは、鮮明に覚えている。
 頭に血が上った私は、奇声を上げながら高橋の急所と腹を蹴って。
「ふざけんじゃねぇぞこの童貞が! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死んじまえ!」
 素早く立ち上がって、痛みに悶絶して転がる高橋に罵倒を浴びせて。
「みんな死ね! 馬鹿はみんな死ね! あんたも松田もあたしもみんな死ね!」
「まつ、だ?」
 なんで松田が出てくるのかと、高橋の唖然とした顔が滑稽で。
「そうだよ! ホモだからって高橋に告白しない松田も! 松田に好かれてるって気づかないままあたしに告白したあんたも! あんたに好かれてるって気づかないまま松田を好きになって! 松田が高橋のこと好きだからって告白しないあたしも! みんなみんな死んじまえ!」
 喉が痛くなるぐらい叫んで。声が涸れるぐらい喚いて。上がった息を整え、高橋を睨みつけた。腰が抜け、血の気が引いた顔が引き攣ったように見えた。
「おい。松田がホモだってこと、誰にも言うなよ」
 高橋が頭をガクガク上下に動かしたのを確認してから、掠れた声を低くして。
「あと──次に好きって言ったら、殺すからな」

 その時、口元に入った涙の味を覚えている。今までで一番しょっぱくて、苦くて、切ない味だった。

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【第37回フリーワンライ】

(思いきり時間超過しましたorz)


「あなたのことがすきです!」
 つきあってください、の常套句はいい加減聞き飽きた。
 両手でチョコを差し出す相手を壁まで追い込むと、両手を壁に付けて逃げ道を塞ぐ。すると相手はたじろいだり焦るばかりで逃げないし、決まって私の顔を見上げて頬を赤らめるのだ。
 嗚呼、なんて君たちは馬鹿なんだ。チョコを手放せば簡単に逃げられるのに。お決まりのシチュエーションで酔うなんて本当に。
 顔を近付けると、相手の額に唇を押し付けて、次は切なそうな顔で囁くんだ。
「ごめん、君とは付き合えない」
 そうですよね。ごめんなさい。わたしとせんぱいじゃあつりあいませんよね。これからもおうえんしてますから。
 いろんな言葉が私の横をすり抜け、空き教室から廊下へと駆けていく。私は相手の気配が消えるのを待ってから、両手を壁から離した。
 あと何回、このシチュエーションに立ち会わなきゃいけないんだろう。そう溜息を付いた瞬間。
「おーじさまは、今年も大忙しみたいだね?」
 声。心臓の高鳴り。見開く目。勢い良く振り返ると、頬に相手の人差し指が刺さった。
「肩ぽんしてないのに引っかかる人っているんだねー?」
 ニシシ。ボサボサ頭に長い前髪。その下から時折こちらの様子を伺う雀斑。口元を引き伸ばした癖のある笑みに、私の心臓は平常心を取り戻している。
「見てたのか」
 動揺を気取られてはいけない。突き放すように言い、突き放すように相手の手を払い除けた。
「たまたまだよー。たまたま、学校を散歩してたらー、イイふいんきだったもんで」
 進級して、同じクラスになった時の印象は、芯のない鉛筆。のらりくらりと体を左右に揺らすと、前髪の下から私を眺める目が見えそうになる。何色をしているんだろうと、いつも不思議だった。
「失礼だぞ。それに、ふいんきじゃなく、雰囲気だ」
「あっは、そうだっけ?」
 あたし頭悪いからさー。ケラケラ笑う道化を演じているのだと思ったのは、隣の席になってからだった。
「ていうかさー。毎年ああいう子に付き合って、正直飽きてんじゃないの?」
 人を食ったように笑いながら、人を嘲笑うように口にするものの、それを周囲に振りかざしたことはない。私以外、では。
「まさか」
「嘘!」
 私が鼻で笑って否定しても、相手は的の真ん中めがけてダーツの矢を放つ。
「うっそうそうっそー。全部嘘ー。おーじさっまはっうっそつっきだー♪」
 突き立てた矢をぐりぐりと抉り、面白おかしくに節を付ける。
「もうイイじゃんかよー。なんで毎年付き合ってあげんのー?」
「それは」
 言いよどんだのは思わず半分。敢えて半分。視線を壁に向け、視界から相手を消す。
「言わないなら当てちゃうよー?」
 こうすれば、相手は私の視界に入り込み、私の視線を奪ってくれるから。それを悟られないように苦々しい顔を作り、目をつぶった。
「言うな!」
 言って。お願い、早く、その矢で、トドメを。

「……やっぱいわなーい」
 床を擦る上履きの音が、矢の落ちる音に聞こえた。
「え」
 目を開けるのと同時に、疑問符にもならない声が胃から這い出て喉を伝う。さっきまで私の視界を奪った相手がいない。
 声は、後ろからだった。
「キャッハハハ、驚いた?」
 小粋の良い笑い声と、扉が開く音。振り返りたくても出来ない。私の顔は今どうなってる?
「おっと、驚いて今度は振り返れなくなったとか?」
 どんな顔してるか見たかったなー。立ち尽くす私の背中めがけ、投げられるのは矢ではなく。
「でもさー。いくら予行練習だからって、手当たり次第とかなくない?」
 矢よりも柔らかく、温くやわく丸めたティッシュ。
「おーじさまイメージ崩したくないあまりにってヤツかもだけど、よけーにファン増やしてどーすんですかー?」
 当たっても傷が付かない。誰も気が付かない。丸めたティッシュが、ゴミ箱の縁に当たって散乱する。
「まーイイけどー。君がそれで満足してんならー」
 相手の声が遠くなる。私の視界がぼやける。
「せーぜー、楽しんでちょー♪」

 膝から崩れ落ちると、視界を覆っていた膜が剥がれ、涙がとめどなく溢れた。上唇に垂れた鼻水が口に入って、袖で脱ぐ力もない。
 なんで、言ってくれなかったんだろう。ファンの子で予行練習していることも、いつも相手がこの教室の前を通る時間にしていることも、あの子が私に、私だけに向けてくれる言葉に、仕草に、どれだけ舞い上がっているのかも、全部全部、相手は知っているのに。
「ひっく……ば、か。ばか、ばかばかっ」
 理由なんて、最初から分かってた。相手に惑わされるひとときに酔って、相手の気を引くための芝居に酔って、白馬の王子様を待つお姫様に酔った私が、馬鹿だから。
 馬鹿で馬鹿で滑稽で、道化にも劣る馬鹿だから、相手は言わずに笑ったんだ。
『キャッハハハ、嘘つきおーじさまが、おひめさまになれると思った?』
 相手の笑い声が頭に響く。それさえも愛しくて、痛くて、苦しくて、切なくて。

 早く、早くその矢で私を。私の心臓を抉って。
 ねぇ、王子様?

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【第36回フリーワンライ】

(鐘の音)

「カンナさん」
「なんだいガマズミさん」
「1+1が2になる謎が解けないので、私は死にます」
「え!?」

「なななななんでそんなことで死ぬんだよ!?」
「そんなことも分からないから死ぬのです」
「あ、えと、その、とにかく死んじゃ駄目だ!」
「何故です。いらない子は死ぬべきと法律で決まっているはずです」
「そんな法律ない!」
「偉い人が作りましたです」
「どこの偉い人だよ、じゃなくて!」

「では教えてください。何故1+1が2になるのです?」
「え、えーとー」
「……カンナさんも分からないのですか?」
「分からないというか、気にしてなかったというか、当たり前というか」
「当たり前だとも分からなかった私はやっぱり死ぬべきです」
「だから死なないでよ!」

「カンナさんは死ぬ時、どんな死に方が良いです?」
「わー1+1のはなしがなかったことにされてるー 」
「ここは何階です?」
「ごめんなさいすみません」
「私は宇宙に放り出されて、体が膨張して醜く死にたいです。宇宙死です」
「そ、想像したくない」

「カンナさんはどんな死に方が良いです?」
「……笑わない?」
「笑わないです」
「す、好きな人の膝で、膝枕死、とか」
「……」

「それは宇宙のように冷たいです?」
「人肌だから、あったかいよ?」
「1+1が2なのは、足し算の方程式が冷たいからです?」
「足し算は方程式じゃないよ。足し算の方があったかい、って表現もアレだけど」

「カンナさん」
「なんだいガマズミさん」
「次に無視したら、その時こそ私は死にます」
「はいはい」

(鐘の音)

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【第35回フリーワンライ】

ようちえんからかえってきたら、ミーコがないてた。まどのそとをみながら、ないてた。
「ただいま」
「おや、おかえり」目をこすって、ミーコがいった。「寒かったろう。ほっぺたが林檎みたいだ」
「うん。とってもさむかった。ミーコはぼくがいなくてさびしくなかった?」
 ふゆやすみのあいだ、ずっとぼくといっしょだったから、さびしくてないてたのかなっておもった。でもミーコは「いや」っていって、ゆかにゴロゴロころがった。
 ぼくもふくをぬいで、ミーコみたいにゆかにころがった。「ねこはこたつでまるくなる」けど、ウチのミーコは「ゆかだんぼー」のうえでゴロゴロする。「ミーコのためにこたつかって」ってママにおねがいしたけど、ゆかだんぼーがあるからダメって。
「ウチにこたつがなくてごめんね」
 ぼくがあやまったら、ミーコはしっぽをニョロニョロうごかして「またその話かい?」っていった。
「だって、さっきミーコないてたから。こたつがなくて、ないてたのかなって」
「……対したことじゃないさ」ミーコが、こんどはめをはんぶんくらいにほそながくしていった。「なに、太陽の光が雪に反射して、眩しかっただけだよ」
「ほんとうに?」
「本当。あたしがお前に嘘ついたことあるかい?」
「んーん」ぼくは、あたまをみぎとひだりにうごかした。「ミーコがそういうんだったら、しんじる」
「ありがとう。そら、ママが戻ってこない内に、早く手を洗っておいで」
「うん!」

 あの子に嘘をついた。
あの子に隠していること、あの子に言っていないことがたくさんある分、嘘だけはつかないようにしようと思っていたのに。
 嗚呼、坊や。お前は優しい子だから、あたしが泣いているのを見て、自分も悲しい気持ちになったんだね。だからお前なりに、あたしを気遣ったんだね。嘘をついたって知っても、きっとお前は許すだろうね。
 約束するよ、あたしの可愛いお馬鹿さん。もうお前に嘘をつかないと。その代わり、お前も早く、ゆっくり大きくおなり。
 あたしは大きくなったお前に、話したいことがたくさんあるのだから。

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【第24回フリーワンライ】

裏地が青空に染まった傘。
彼女が好きだった傘が降る。
青空を広げて、僕の目の前に降ってきた。
空中をふわり、ふわり。
スカートの裾を翻し、不思議の国に降り立つアリスのような彼女。
少なくとも、僕にはそう見えた。

屋上から飛び降り自殺した女の子なんて知らない。

彼女が旅立ってから、初めての秋。
彼女は無事に、不思議の国に降り立ったろうか。
荷物は傘だけで、心細くないだろうか。
「僕も一緒につれてって」と、お願いすれば良かっただろうか。
でも、想像の彼女は首を縦に振らなかった。
とても悲しい顔で、首を横に振っていた。

空を仰げば、赤や黄色に染まった紅葉や銀杏が目に入る。
青いままの紅葉は一つもない。
けれど、僕の紅葉は青いまま。

青空のまま、心の枝に引っ掛かっている。

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【第22回フリーワンライ】

 足がもつれる。服の下で汗が滲む。息を吸うのもままならない。
 俺は息を吐きっぱなしにして、ひたすら大通りを走っていた。
 灯りと一緒に眠ってしまったような、風のない夜だった。冷たい空気に包まれた体が熱い。鼻の奥がひんやりして痛い。脇腹が痛い。足も痛い。全身痛い。そういえば壊した貯金箱の破片が手に刺さったっけ。刺さったのは覚えてるんだけど、痛かったまでは正直覚えてない。
 でも、本当に刺さったどうかなんて見てられない。走れ。走れ。もっと早く。もっともっと早く!
「すっすすすみませんっ!」
 唯一灯りのついた店の前で急ブレーキ。つんのめりそうになりながら、店員のお姉さんに向かって大声を出す。
 驚いた顔のその人が何かを言う前に、両手に握った全財産を突き出した。
「あの、『夜空に咲く華』ください!」
 夜中の花屋の都市伝説。
 そこで売っている、夜空に咲く華の話。
 夜空に昇る月の光と、夜空に瞬く星屑が散りばめられた、一夜の夜の夢。
 都市伝説の店を発見したことも、その華が本当にあるかどうかなんてことも、今はどうだっていい。それより大事なことがある。
 「俺の彼女、親の都合で転校するんです! 前から『夜空に咲く華』がすげー見たいって言ってたんですけど、俺、そんなもんねーよって言って、なんかよく分からねぇけど、ムキになって喧嘩になって……」
 転校するって、一言も言ってくれなかった。打ち明けてくれたら、あんな馬鹿みたいな理由で喧嘩しなかったのに。
 情けなさが涙と鼻水と一緒にこみ上げてきた。店員のお姉さんの顔が滲んで見えない。
「だから、だから! あいつが見たがってた華を見せて、仲直りしたいんです! お願いします! これで足りなかったら俺、バイトして花代返します!」
 お願いします。お願いします。何回言ったか覚えてない。全財産が手の中に食い込むくらい握り締めて、何回も何回も。
 ついに土下座までしかけた時「そこまでしなくて良いわ」と、お姉さんに止められた。
 今夜の分は売れてしまったことを前置きして。

 紫色になってきた夜空。
 この時間をマジカルアワーといって、例の華が一番見頃らしい。「華を持って、朝日が昇る前に彼女の家に行ってサプライズするのもアリじゃない?」と、悪戯っぽく言ったお姉さんを思い出す。
 全財産を握り締めていた両手に包帯を巻いて、また大通りを走る。走る。走る。
 なんだかさっきより体が軽い。息も絶えだえで、必死になって走っているのは同じなのに。
 あるわけないと馬鹿にして、後悔して、不安になって、あると思ってなかった物が、走った先に必ずあるって分かったからかな。
 でも、今はどうだっていい。あいつと仲直り出来るなら、いくらだって走ってやる。
 俺は柄にもなく「うおおおおお!」なんて叫びながら、マジカルアワーを駆け抜けていった。

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