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【長編】トポグラフ・マッパー夢原涙子【目次】

『人の涙から作られた地図=トポグラフィー・マップ』
『トポグラフィー・マップを作る職人=トポグラフ・マッパー』

これは、『トポグラフ・マッパー夢原涙子』と、彼女に出会った人々のオムニバス現代ファンタジー。
そして、地下のアリスが迷えるウサギたちに捧ぐ物語。

【更新履歴】
◆2017/01/29:第三章終了→2月いっぱいまで連載休止(再開日は未定)
◆2017/10/12:第一章改題・『小説家になろう』への掲載を始めました

【目次】
◆第一章:タイムマシンの作り方(旧題:トポグラフ・マッパー夢原涙子)
一、ウサギがアリスに出会ったら
二、ウミガメスープを飲み干して
三、誰がタルトを盗んだか
四、身を知る雨に猫が鳴く (了)
あとがき&連載休止のお知らせ

◆第二章:はねっかえりバタフライ
一、夜の蝶だった頃
二、思い出になる前に
三、青年期の終り
四、夢の中へ (了)
あとがき&第三章連載について

◆第三章:残滓
(まえがき)
一、せちがらい、よのなかのはなし
二、においのもと
三、ゆれるきんぎょそう
四、うつつのゆめ (了)
あとがき&第四章連載について

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【トポグラフ・マッパー夢原涙子】第三章あとがき&第四章連載について



1月が終わる前にあとがきを書き終えたかったのですが、間に合いませんでしたorz

というわけで、1月29日に『トポグラフ・マッパー 夢原涙子』第三章が終了いたしました。
第三章は福岡創作イベント『Collage Event Ade7』への委託販売のため、第一章と第二章とともにコピー本として頒布させていただいた作品です。
どうも自分の作品語りというのは苦手で、コピー本に書いたあとがきだけの内容が精一杯です…orz
(どんな内容かは、第一章~第三章までのコピー本の自家通販にて予約していただいた皆様でご確認していただけたなと。特に後半がとてもくだらないので)

第四章の連載についてですが、2月から新生活に向かうため(と、参加しているアンソロの〆切を大幅に勘違いしていたので、今から執筆しなきゃ間に合わなげふんげふん)またまた休止させていただきます。
第三章では『夢原涙子』の出生について触れましたが、第四章では『いかにして彼女が夢原涙子になったのか』を掘り下げる特別編となっておりますので、連載再開までどうぞお楽しみに。

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四、うつつのゆめ④(了)

「今のお前は『夢原涙子』で、俺は赤の他人だか、あの頃の俺達は確かに姉弟だったんだ。お前が『夢原涙子』で居続けるなら、俺はいつでも力になる。だ、だから、その、なんだ……」
 急に今の状況が恥ずかしくなり、思わず口籠もってしまった。顔も心なしか熱いし、姉さんは俺の様子を察して笑っているし。
 悔しくなって姉さんの髪をわしわし乱すと、姉さんもふざけて「ぎゃー」と言った。
「だから、お前が俺を『おじ様』と呼んでいる間くらい、心配させてくれってことだ。夢原」
 俺の手から解放され、ぐしゃぐしゃになった頭を抱えた夢原は、気恥ずかしいような、照れたような笑顔を浮かべて「はい」と応えた。
 本当に分かっているのは疑わしいが、取り敢えず信じることにしよう。それが夢原にとっても、『夢原涙子』になる道を選んだ姉さんにとっても、きっといいことだから。

 ちなみにタカナシはというと、コンビニで会計を済ませた後、仲睦まじそうにしている俺と夢原の邪魔をしないよう、コンビニの雑誌を立ち読みして時間を潰していたらしい。
「いやぁ、ホズミさん。ごちそうさまでした」
「うるさいっ」
「ははははは」
 両手を合わせるタカナシに向かって握り拳を上げた後、自分の昼飯を買うため、俺はコンビニへと入っていった。
 ついでに『持つべきものは有能な部下だ』という発言も訂正しよう。部下は持つべきだが、扱い方に注意せよ。特に有能な奴は、こちらの足元を見ることがあるのでなお注意されたし。以上。

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四、うつつのゆめ③

「ヒサヒコ。姉さんを愛してくれてありがとう」
 姉さんが俺の名前を呼んだだけで、今度は心臓が跳ね上がった。俺が言うべき台詞を、姉さんは俺の代わりに代弁した。
「本当は、家族みんなに愛してほしくて、みんなと家族になりたかった。でも、頑張れ頑張るほど、お母様は私を突き放した。そうすることでしか、自分の癒すことができないと、頑なに思ってらっしゃったわ」
 姉さんは、物心付く前から、自分が望まれて生まれたわけではないことを知っていた。親父に置いていかれてからは、お袋から愛されたがっていた。そのためにならどんなこともした。その努力を、兄貴と俺は知っている。
 だがお袋は姉さんを憎み、兄貴が倒れてから、一層その憎しみを深くしていった。それでも姉さんはお袋から愛されたかった。親父に裏切られ、傷ついたお袋を愛したかった。
「お兄様とヒサヒコは私を愛してくれたけど、お母様は一人ぼっちだった。当たり前よね? 私がお母様を傷付けたのだから。家を出てからは、罪悪感で頭がいっぱいだったわ」
 姉さんも俺と同じように、悔いを残してあの家を出た。取り戻せない時間を、残りの時間に費やした。
 だが姉さん、と俺は声を絞り出すように言った。
「そんなことしたって、終わった時間は取り戻せない。第一、姉さんが生まれたのだって、元々は親父のせいだ。親の責任を、子どもが償う必要はないんだ」
「そうね。姉さんも、だいぶ後になって知ったわ」
 だいぶ後。大人になってから、という言い方を避けるように、姉さんは笑った。笑って、俺を見上げた。
「だから私には、『夢原涙子』が必要だった。私が私として生きるためには、『夢原涙子』にならなければいけなかったの」
 姉さんは吹っ切れたように言うが、そこに至るまで、姉さんはどれだけお袋のことで胸を痛めたのだろう。俺の想像を超えるものだったのかもしれない。
「あの時、『生まれてこなければよかった』なんて言ってごめんね。大丈夫。もう心配いらないから」
 まるで惜別の言葉だ。そう言って離れようとする姉さんの頭に、俺は軽く手を置いた。
「馬鹿。心配いらないって言ってる奴が一番危ないことぐらい、お前だって知ってるだろ」
 驚いた顔の姉さんを久しぶりに見た。俺だって驚いている。でも、今だから言える言葉を伝えたかった。

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四、うつつのゆめ②

「なるほど。出歯亀とは、さすがタカナシさんですね」
「お前も感心するな。立派な職権乱用だ」
 ニシムラ・リュウジの身柄を警察署に送った後。昼食を買いにタカナシとコンビニへ入る手前、例のツナギにダッフルコートを羽織った夢原と出くわした。
「ふふ。タカナシさん、そういうのお上手ですからね」
「本人に言ってやるなよ。ただでさえ調子に乗ってるんだから」
 タカナシは先にコンビニへ入り、アンパンと二百ミリリットルの牛乳パックを手に、会計の列に並んだ。まったく、昔の刑事ドラマじゃなるまいし。
 外からコンビニの店内を眺めながら、俺は口を開いた。
「……姉さん、いつまでこんなことを続けるつもりだ」
 隣にいる相手に聞こえる程度の声で言ったつもりが、声のトーンから俺が怒っていると思ったらしく、夢原――姉さんは「心配かけてごめんね」と言った。
 別に謝ってほしいわけじゃない。俺は後ろ頭を掻き、言葉を探す。
「いや、俺はただ、姉さんには静かに暮らして欲しいと……」
 どもってしまった俺と、小さい姉さんの姿がガラスに映る。姉さんは、困ったように笑っていた。
 俺は、ニシムラ・リュウジのような言葉をかけることはできないし、言葉にするにも時間をかけ過ぎた。
 その時間は、俺と姉さんの間に壁を作った。俺は老いに向かって歳を重ね、姉さんだけ、あの頃の姉さんのまま。だから、俺もあの頃の俺で接することはできない。
 もし、ニシムラ姉弟のように、俺も姉さんとずっと一緒にいられたら。もし、俺がホズミの家に養子として行かなければ。俺は、姉さんを救うことができただろうか。
 腹立たしい。現在が。今の姉さんが。何もできない自分が。本当に腹立たしい。
 奥歯を噛み締めていると、タカナシが会計の先頭に立った。それを見計らうように、姉さんは両手を後ろに組んで、俺の懐に飛び込んできた。
 喉の奥から変な声が出て、一瞬心臓が止まった気がした。姉さんの体を支えようと腕を伸ばしたが、力が入らなかった。
「姉さん。馬鹿な真似はよしてくれ」
「なにが馬鹿なものですか。もうこんな機会はないのよ?」
 力なく項垂れる片腕を持ち上げ、手で顔を覆った。こんなところ、タカナシに見られたらどうするつもりだ。
「人の気を知ってて……本当に、姉さんはずるい」
「んふふ~」
 顔をぐりぐり押しつける姉さんを、俺は受け入れることも、突き放すこともできない。情けない。こんな顔、誰にも見られたくない。

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四、うつつのゆめ①

ニシムラ・ハナが意識を取り戻してから二日後。現場を張っていた捜査官が、ニシムラ・リュウジの身柄を確保したとの連絡が入った。
 警察署に入ってきたところをタカナシと出迎える。ニシムラ・リュウジは、姉のニシムラ・ハナに似た真面目で温厚そうな青年だった。なるほど、確かにタカナシの言う『ストレスが溜まりやすい』青年だと思った。
「ニシムラ・リュウジさんですね」
「あ、はい、えっと……」
 別に凄んだわけでもないのに、ニシムラ・リュウジは肩を振るわせ、所在なさげに視線を泳がせる。
「駄目ですよホズミさん。ホズミさんはご自分の想像以上に強面なんですから」
 それはニシムラ・リュウジに声をかける前に言ってほしかった。お前わざと言わなかったのか、とタカナシに視線を送るが、タカナシは無視してニシムラ・リュウジに話を進めた。
「ニシムラさん。二日前にお姉さんの意識が回復しました。先にお会いになりますか?」
「え、でも俺……いいんですか?」
「はい。あなたに反省する意志があればですけど」
 笑顔で応えるタカナシに対して、こいつ、刑事をやっていなかったら今頃は……などと余計なことを考えてしまった。

「お前、刑事じゃなかったら今頃犯罪犯してたんじゃないか?」
「静かにしてくださいっ。聞こえないでしょっ」
 聞こえないもなにも、俺達は刑事なのだから、堂々と病室の前で警備していたらいいのではないだろうか。
 ニシムラ・リュウジを姉の入院する病室に送り届けた俺達は、警備中の捜査官と警備を交代したのだが、タカナシが出歯亀よろしく、病室のドアの隙間から、中の様子を覗き見ていた。
「出歯亀って、『女風呂とか覗く変態』って意味じゃなかったでしたっけ」
「覗きの時点で合ってるだろ。それより俺の考えてること読むな気持ち悪い」
 タカナシが部下となってからは嘆息が尽きない。黙って病院の白い壁を凝視していると、タカナシが開けたドアの隙間から話し声が聞こえるかどうかの音量で、耳をボソボソと刺激する。
「ホズミさん。知らんぷりして聞き耳を立てるより、堂々と覗いた方が潔いですよ?」
「職権乱用してる奴に言われたくねぇよ」
 俺と話をしながら、タカナシが「あ」と、間の抜けた声を漏らした。中で何か起こったのかと身を乗り出そうとして、タカナシが手で制した。
「どうした」
「ホズミさん、事件です。ニシムラ弟の告白をニシムラ姉が受け入れました」
 なんだ、驚かせるな。俺がホッと息を漏らすと、タカナシが「でも他人から見たら近親、」と言いかけので口を塞いでやった。
「仲睦まじい姉弟に茶々を入れるな。無粋だろうが」
「え~」
 お前なら、ニシムラ・リュウジが姉に伝えた言葉の意味が分かっていると思っていたんだがな、とタカナシに言いかけたが、それこそ無粋というものなので、口を噤んだ。
「ちなみになんだが、『自分なんて生まれてこなければよかった』って件について、何か言ってたか?」
「ああ、それなら会話の冒頭でニシムラ弟が謝ってました。で、ニシムラ姉が許してました」
「そうか」
 ならいい。あの二人ならこれからもやっていけるだろう。

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三、ゆれるきんぎょそう④

驚くような、息を飲む音がした。俺は無視して質問を重ねる。
「それで、あなたはどう答えましたか?」
 俺の質問に、被害者は力なく項垂れた。
「そんなことっ、言われたことなくて……なんて、答えていいかっ、分からなくて。頭の中が真っ白になっていたら……リュウちゃんが、持っていた紙を破って、出て行っちゃって……あたしっ、なにがなんだか分からなくて! またパニックになって、気が付いたらここで寝てて……」
 隣室の住人も証言していた。ドアが激しく開いた音と、何かがぶつかる音が数回。ニシムラ・リュウジが部屋を飛び出した音と、パニックになった彼女が、自傷行為や部屋の物にあたった音。
「弟さんが紙を破り捨てた後、あなたと弟さんは、なにか言いませんでしたか?」
 隣室から聞こえたという、二人の言い争うような声。たとえば、パニックになった彼女が口走った言葉を、ニシムラ・リュウジが否定して叫んだとか。
 俺の質問にハッとなった彼女は、顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
「あっ、あたしなんてっ、あたしなんて生まれてこなきゃよかったのに! お父さんにもっ、お母さんにもっ、リュウちゃんにもっ、迷惑かけなかったのに! でもっ、リュウちゃんに、『そんなこと言うな!』って、言われてっ……あたしっ、リュウちゃんから、愛してるって言われてっ、嬉しかったのに……どうしようっ、リュウちゃん……」
 俺は、この日初めて深呼吸をした。肩の力を抜くように、やはりそうだったかと、自分で自分に納得するように。
 彼女に付き添っていた看護師に謝罪すると、踵を返して病室を後にする。後からタカナシの足音が追ってきた。
「ホズミさん。あのっ、被疑者が加害者に伝えたことって」
「タカナシ。もうあの二人を被疑者だの加害者だのと呼ぶな。これは事件じゃない」
 やっぱり事故ですねっ、と言うタカナシの声が自然と弾んでいた。これは事件ではないが、今は精神面苦痛を与えられたことから、傷害事件に発展する場合もある。それも、二人が話し合って決めることだ。俺達は裏方に回って動いていればいい。
「あとはニシムラ・リュウジが戻ってくればだが」
 俺がエレベーターの下ボタンを押すと、タカナシが「捜さなくていいんですか?」と聞いてきた。
「ドラマであるだろ。犯人は、必ず現場に戻ってくるってな」
 別に対したことを言ったつもりはないのだが、タカナシから拍手をもらってしまった。

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三、ゆれるきんぎょそう③

病室での阿鼻叫喚は、無益な殺生とやらに入るのだろうか。
 俺とタカナシが被害者のニシムラ・ハナの元へ駆けつけた時には、被害者は鉄製のベッドフレームに自分の腕を打ち付けたり、手近のティッシュ箱を投げたり、看護師の制止を振り切って立ち上がろうとしたり。
 暴れている間中、彼女は弟の名前を叫んでいた。
「リュウちゃんっ、リュウちゃんどこにいるの! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、あたしが悪いの! あたしが生まれてきたらリュウちゃんはっ、リュウちゃんはっ!」
 狼狽している他の看護師に聞くと、目が覚めてからずっと錯乱状態に陥っているのだという。
「ニシムラさんっ、ニシムラさん落ち着いてください!」
「リュウちゃん! リュウちゃんリュウちゃんリュウちゃんっ……リュウちゃ……」
 弟の名前を叫びながら、最後には力なく崩れ、彼女は膝を抱えてグズグズと泣き始めた。
 気分が悪い。腹立たしい。俺は奥歯を噛み締め、眉間に皺が寄せた。被疑者、ニシムラ・リュウジに今の彼女を見せてやりたかった。首根っこ引っ掴んででも。刑事であることを忘れてぶん殴ってでも。
「ホズミさん。もしかして……」
 状況を察したタカナシが俺に耳打ちをする。前言撤回。癖は強くても、有能な部下は持つものだ。
 首根っこ引っ掴むことも、個人的な感情でニシムラ・リュウジをぶん殴ることも、刑事である俺にはできない。
 それ以前に、暴力的なやり方では、この事件は解決しない。タカナシより先に前に出ると、被害者、ニシムラ・ハナの前に立った。
「ニシムラ・ハナさん。昨夜のことを教えてください。あの夜、あなたと弟さんに何があったのか」
 彼女はまだ目を覚ましたばかりだからと、看護師の制止が入ったが、タカナシがうまく収めてくれたようだった。
 被害者は膝から顔を上げると、「リュウちゃん? リュウちゃんがどこにいるのか知ってるの!?」と俺に食ってかかった。
「現在捜索中ですが、今のところ手がかりがありません。あなたの証言にかかっています。お辛いでしょうが、思い出せることから話してください」
 彼女の嗚咽の上に俺の声が乗った。俺の言葉が終わると、彼女の嗚咽だけが病室に響いた。
「リュウちゃん……リュウちゃん、は……あたしに言いたいことがあるって言って……」
 ニシムラ・リュウジは事件前日に夢原の作成したマップを入手しており、昨夜の時点で自分の気持ちを確認済み。俺の読み通りであれば、すぐ彼女に自分の気持ちを伝えただろう。
「もし……もし、姉さんのこと、愛してる……って言ったら、どうするって?」

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三、ゆれるきんぎょそう②

三度目の嘆息の後、仕方なく夢原を見遣った。
 水色のジャンパーに白いタートルネック。裾に白いボアが付いたショートパンツ。黒い編み上げブーツを履き、髪は束ねずにおろし、頭にうさ耳のような水玉模様のバンダナを巻いていた。
「おじ様、どうです? 可愛いでしょ?」
 さっき浮かべていた微笑みとは真逆の、醜悪な笑みを前に自分の顔が引き攣るのが分かった。タカナシは夢原の笑みに気付いていないか、お得意のスルーで「可愛いですよ」とコメントしたが。
「んふふ、ありがとうございます。おじ様はいかがですか?」
「自分で自分のこと可愛いって自覚のある奴に、今更『可愛い』って言ったって意味がないだろ」
 注文の塩ラーメンが来たので、割り箸を割って早々に食べ始めた。
「本当、今日のおじ様は虫の居所が悪いですねー」
 人のことを仕方がない子みたいに言うなと思いながら、タカナシの隣に座ろうとする夢原に釘を打つ。
「夢原。飯は単品で頼めよ。トッピングはなしだ」
「えっ、なんでですか!? ここのラーメン屋さんは初めて来ますけど、メイン料理よりトッピングの方が美味しかったらどうしてくれるんですか!」
「どうもしねぇし、店に謝れ」
「それ分かりますよ夢原さん!」
「お前は黙って食ってろ。巡査部長昇格祝いだ」
「ありがとうございます!」
 タカナシは注文した豚骨ラーメン(チャーシューと味付け煮卵のトッピング付き)の前で箸を割り、夢原から羨望の眼差しを受けた。収拾が付いたところで、俺も飯にしよう。
 伸び始めた塩ラーメンに箸を伸ばしかけた時、懐の携帯が震えた。着信は、シバタ課長。
 タカナシに一言伝え、店の外で電話に出た。
「はい。ホズミ」
『ああ良かった。被害者のニシムラ・ハナが意識を取り戻した。昼飯時ですまんが、大至急タカナシと一緒に病院へ行ってくれ』
 電話越しの課長は息が荒く、事態の急転に慌てているようだった。了解、と短く答え、店に戻る。
「課長がなんと?」
「被害者が意識を取り戻したそうだ。すぐ病院へ行くぞ。夢原は俺とタカナシの分のラーメン食って大人しくしてろよ」
 タカナシがトッピングだけ口に放り込むのを見ながら、俺はカウンターに紙幣を数枚置いてコートに袖を通す。ようやく事件が動き出す。被害者の証言が取れれば、被疑者の居所も掴めるかもしれない。
「おじ様」
 慌ただしく身支度をする俺の耳に、夢原の声が凛と届いた。
「ご武運を」
 夢原の目はいつも真っ直ぐで、相手を射貫くというより、優しく包むような母性を感じないでもなかった。感じないでもないということは少しは感じているということで、断じて、けして全部そうだとは思っていない。
 ただ、俺も無益な殺生とやらは避けたいと思っているので、「ああ」とだけ返したが。

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三、ゆれるきんぎょそう①

夢原の事務所を出た俺とタカナシは、午後二時過ぎを示した時計に誘われるまま、近くのラーメン屋に入った。
 ニシムラ・リュウジの事件は今朝のニュース番組にだけ流れたらしく、今は時事問題のあれやこれやについて、コメンテーターがテレビの奥で熱く語っていた。
「なんか……状況が前進したのか、状況が停滞していることが分かっただけなのか、よく分かりませんね。あー、疲れた」
 カウンターに腰掛けるなり、タカナシが腕を伸ばしながら言った。両腕の関節や肩がバキバキと音を鳴らした。まだ二十代だろうに、俺より年寄りみたいだ。
 ついでに首を回したタカナシは、壁に貼り付けたメニューを一望する。俺もメニューを眺めながら、今までのことを整理した。
 ニシムラ・リュウジは『自分の気持ちを確かめたい』という理由で、夢原にマップの作成を依頼した。俺とタカナシ、そして作成者である夢原は、『マップには縛られていたものに対する開放感はあるものの、高揚感はない。それどころか、もの悲しさすら感じる』という見解でまとまった。
 発達障害の姉の世話から解放されたのだとしても、マップを破り捨てた理由が分からないし、タイミングも辻褄も合わない。
 さっきは失踪した被疑者は開放感に満たされ、どこかでのうのうと生きていることに対して、一抹の怒りと危機感を覚えたが、これもタイミングを考えると、やはり辻褄が合わない。
 となると、問題は事件前日ではなく、事件当夜に集中する。あの夜、あの二人に何が起こったのか。
 ニシムラ・リュウジが確かめたかった『自分の気持ち』が、俺と同じものだとしたら。
「タカナシ。お前に兄弟はいるか?」
「いえ、一人っ子です。ちなみに言うと母子家庭です」
 注文し終わったタカナシに話しかけてから、はたと気付いた。俺はタカナシの、部下以外の顔を知らなかった上に、失礼なことを聞いてしまった。
「そうか。聞いてすまなかったな」
「全然構いませんよ。ウチの両親はどっちも血の気が多くて、売り言葉に買い言葉で円満離婚しました。どちらも手は上げませんでしたけど、口喧嘩とか、中指を立て合って牽制し合うとかは日常茶飯事でした」
 あっけらかんと「そのおかげで離婚裁判は短期間で終わりましたけど」と言う、タカナシの神経の図太さと、上司にも臆しない態度の理由が分かった気がした。タカナシの話のどこに『円満』の要素があるのか、過ぎたことは詮索しないに限る。
「急にどうしたんです?」
「今回の件は姉弟絡みだからな。なんとなくだ」
「じゃあ、次はおじ様のご兄弟のお話が聞きたいですねー」
 後ろから夢原らしき声が聞こえたようだが、空耳だと信じて塩ラーメンを注文した。
「シクシク。タカナシさん、おじ様にスルーされました……私、なにか失礼なことしましたか?」
 泣き真似でタカナシにすがる夢原もそうだが、「今日のホズミさんは虫の居所が悪いんですよ」と平然と返すタカナシもタカナシだ。この二人はどこまで似ていれば気が済むのか。

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